2010年11月11日

辞世の句

  こんばんは。税理士の葵東子です。
 「
辞世の句」 って、ご存じでしょうか?
 読んで字のごとく、この世を辞する際に残した言葉です。
アマゾンで本を探していて、 なにげに見つけた本でした。お時間がございましたら、 お付き合い下さい。

 購入したのは、何でも
鑑定団で有名な北原照久さんの 「珠玉の日本語・辞世の句」 (PHP研究所) です。自ら、「母の言葉と恩師の言葉で私の人生は変わった」と言う北原さんが、 そのコレクター魂を発揮し、 “辞世の句コレクション”を成したと言います。

 アマゾンでは・・・

その本は、その中から最も感動的なものを厳選し、あふれる思いとともに紹介した一冊である。一つ一つの句や歌のすべてから、 人間としての潔さ、熱い思い、美しい心がありありと伝わってくる。何となく生きている日常にあって、 人生に大切なものを思い出させてくれる貴重な言葉たち。著者が重視する、 「言葉のチカラ」 がそこには確かにある。


 と紹介されていました。 (今、アマゾンでは中古本しか入手できないようです。)

  
浅野長矩 大石内蔵助 大高源五 三島由紀夫 吉田松陰等々有名で尚かつ波瀾万丈の人生を歩んだ人々の 「辞世の句」を紹介し、 これらの者の人生や時代背景を解説しています。

 

 辞世の句を多く知る方にとっては、それほど目新しい本ではないと思いますが、 北原さん独特の解釈が丁寧に書かれて居り、 その文章の熱いこと熱いこと、彼のコレクター魂を強烈に感じました。

 昔の方は、何時亡くなるか分からないため、辞世の句を常備していたとのこと。 確かに乱世の時などは、いつ戦になるか、 いつ殺されるのか分からなかったのでしょう。
 ですから緊張感を持って生きることが出来、そしていつも残す言葉を考えてながら、 悔いのない人生であるかと問いかけながら我が人生を見つめていたのであろうと思います。

 自らの人生に満足を感じ穏やかな思いで読まれた句、 無念な思いを綴った句など様々です。

自らの人生に満足を感じ穏やかな思いで読まれた句、 無念な思いを綴った句など様々でが、掲載されている句は、 その句を詠んだ方の心情を本当に良く描写しています。

 辞世の句に興味をもったというのも、 人生は思うほど長くはなく有限であることを思うようになったからです。また、死は予告無く訪れる方が多く、 人はいつ亡くなってしまうのか分からないとも思うようになりました。 そんなことを思うようになったということは、人生の折り返し地点を通過したということでしょうか。  

 私も辞世の句を作ろうと思ったとき、ふと思います。
私は、どんな句を詠んだらよいのであろうか?私は、今幸せなのだろうか?苦しいのだろうか?
今私が死ぬとしたら、誰に何を言い残したいのだろうか?などと。

 私には、句に詠めるほど満足できる何かがあるだろうか。無念な思いを持つほど何かに一生懸命取り組んだのであろうか。 そう我自身を振り返ってみると、まだまだ辞世の句が詠める人間になれていないような気も致します。

 今日のような、長い秋の夜には、辞世の句を読んでみるには良いときのように思います。

 私は、自らの辞世の句を詠むほどのものにはなっていないと思いますが、北原照久さんの「珠玉の日本語・辞世の句」 を読んで、 いろいろな方の人生の喜怒哀楽を思い、 思いを馳せることもまた私の糧になるのではないかと思います。

 いくら思いを馳せたとしても、そのご自身の思いと同じになることはないと思いつつも・・・ 。

 本日も、ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
 それでは、おやすみなさい。

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2006年05月12日

今を生きる 2

こんばんは。税理士の葵東子と申します。本日は、「今を生きる 2」と題して、 先のお話しの続きをお話しいたいと思います。お付き合い頂ければ、幸いです。

 S君との授業が始まりました。
彼は社会が得意でしたが、数学が苦手でした。私は主に数学を教えることになりました。

 授業の合間に、彼は以前の学校のことや、今までのことを少しずつ教えてくれました。
 

 「ほら・・僕、見るからに”おぼっちゃま”でしょ?良くカツ揚げなんかされちゃったんだよね〜」

 「えっ?そうなの?で、どうしたの?」

 「大人しくカツ揚げされてましたよ〜。
 反抗すると余計殴られちゃうって言うから・・・・」

 「えっ?黙ってお財布を差し出したの?」

 「うん!」

 走って逃げたら良かったのに・・・と言いそうになって、思わず下を向きました。

 「そうだね・・・、大人しく差し出すのが賢いかもね。ケンカになったら危ないものね。」

 そう、彼は運動は止められて居り、いつも体育は見学だったのです。こうやって見ていると、 普通の中学生なのだけれど・・。そう何度も思ったものです。

 時々は、本当にケンカをしたこともあったと言います。制服がぼろぼろにされたとか。
 その時は、お母様には「転んだ」と言ったそうです。そんな嘘は、ばれていたことでしょうに。

 

 ある日、S君の家に行くと、どうも空気が重く感じられました。玄関口でお母様に
 「今日は、学校で友達とサッカーをして、倒れてしまいました。今寝ていますので、本日はお休みにして下さい。」

 申し訳なさそうに、そうお母様が言います。
部屋のドアが開いていて、S君の寝ている姿が少し見えました。

 ちょっと背中が震えているような・・・
泣いて、お母様を困らせていたのかもしれません。私は、そのまま帰りました。

 いつもは明るいS君ですが、今日は感情が乱れていたようです。 そういうS君を感じたことがありませんでしたから、彼も倒れたことがよほどショックだったのでしょう。

 

 その次の週の授業の日、S君は以前のような明るい顔で迎えてくれました。

 「体調は大丈夫?」

 「うん、まあ、良いです。」

 「サッカーをしたんだって?」

 「ちょっと友達とふざけて・・・
 こっちに来て体調がいいから、少しだけならいいかなと思って・・・。でも、だめだった。」

 そう、言って苦笑しています。
 最近調子が良いので、元気になったかもしれないと、S君は思ったようでした。
 でも、やはり変わらずだったようで、S君は少なからずがっかりしたようです。
 先週の彼のは、きっと大荒れだったのでしょうと思いました。
 

 彼の病気は、 そんなに簡単に治る病気ではありませんでした。いえ、15歳までしか生きられない・・・ そう宣告されたということは、不治の病なのです。
 

 その後、S君は数回倒れて、やはり授業は出来ませんでした。
 お母様は、S君は「15歳まで生きられないことを知らない」と言いました。
 しかし、彼は何度も何度も倒れるうちに、うすうす「難病」であることを悟ってきていると思えました。

 

 彼と話をしていると、そう思えて仕方がありませんでした。それでも、私はただ普通に接するだけで、 彼の心に近づいて良いのかどうか・・迷うばかりでした。

 彼の心に近づいたとしても、何もしてあげることは出来ません。そう思いましすし、 今まで彼がどんな思いで生きてきたのか、そういうことを良く知りもしないのに、 安易な慰めを言うことは無責任なことに思えました。

 結局は、ただ普通の暢気な家庭教師として、彼に接するだけだったのです。

 

本日も、ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございます。
 それでは、おやすみなさい。

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2006年05月10日

今を生きる

こんばんは。税理士の葵東子と申します。本日は、「今を生きる」と題して、 忘れられない教え子についてお話しいたいと思います。お付き合い頂ければ、幸いです。

学生の頃、アルバイトで家庭教師をしていました。
その教え子であるS君のお宅に始めてお伺いした時のことです。

お母様、「ひ」の発音が全く出来ない正真正銘の江戸っ子でありました。
 なかなかの美人で、黙ってなにげに下の方など見ていれば、しっとりとした女性に見えます。
ですが、どっこい意に反して飾り気のないとても気さくな、しゃきしゃきの江戸っ子でした。

化粧が大嫌いで、結婚式のお色直しの時には、ドレス姿でありながら素顔で登場し、 参加者をびっくりさせたとのこと。その大胆な行動にも驚きましたが、それを認容したご主人様の存在も信じがたかったですね。

タイプ的には、そうそう花より男子の内田有紀さんでしょうか。 S君のお母様もお父様も、大らかな人柄のようでした。

しかし、お母様はにっこりしながらこういいます。
 「でもうちの子は、心臓が悪いのです。 15歳までしか生きられないでしょうと言われました。あの子のために、 空気の良い田舎に住まいを移しました。病院へも月に一度東京の大学病院へ通っています。もう来年15歳です。いよいよ15歳なんです。」と。

私の方は、びっくりです。にこにこ笑ってお話しすることではないでしょうと思います。しかし、 泣いてお話しすることでもないように思えました。そのような状況は始めてのことであり、 私は何と言葉を返したものかとただ迷うばかりでした。

「15歳近くまで生きてくれたのだから、もうそれだけで良いのですけれど、人というのは我が儘なものです。 あれほど元気だと、今度は人並みに勉強して高校受験は少し頑張って欲しいと思うようになったのです・・・。」と。

高校生になって、大学生になって、もっともっと生きるのだと思いたい・・・ そういう思いだったのだと思います。

「こちらに引っ越してきたら、あの子の体調がとても良いのです。こちらは空気が良いのですね、本当に。」と、 嬉しそうに話されます。


 15歳までしか生きられない・・・そう宣告された子供を持つお母様には、とても見えませんでした。悲壮感が感じられなかったのです。 何処か他人事を語るような、昔話を語るような、現実味がないと言えば良いのでしょうか、せっぱ詰まった緊張感が感じられませんでした。

 そんな話をしているうちに、S君の妹さんが学校から帰宅し、私に挨拶をしてくれました。
 「初めまして、H子です。」と、それは、はきはきとした明るく声で、そして屈託のない笑顔で挨拶をしてくれました。

 妹さんからも、全く悲壮感は感じられません。S君が心臓の病気であることなど、うそではないかと思えます。

 私は、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと思いました。でももし知らなければ、私は 「寝ないで頑張れ」などと、体力勝負の学習を勧めたことと思います。そういうことを心配していたのだと思います。

本人は、このことを知らないとお母様は言います。何だか私は、思考がとまってしまいました。

 

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2006年04月17日

養子縁組〜Mさんの場合〜

 こんばんは。税理士の葵東子と申します。本日は 「養子縁組〜Mさんの場合〜」 と題して、 Mさんのお話しをしたいと思います。お時間がございましたら、付き合い下さい。

 Mさんは、学生時代の友人です。彼女は養子でした。赤ちゃんの頃に養子になったそうで、 本当の親のことは知らないと話して下さいました。

 Mさんが養子であることも驚きでしたが、 彼女がそのことを知っていることのほうがもっと驚きでした
 
 
しかし、彼女がどうして養子と知ったのかを聞いたことはありませんでした。聞けなかった・・ というのが正直なところです。

 とにかく、彼女は養子であり、彼女はそのことを知っていました。 両親と仲良く暮らしているのかと気になりました。

 小説やマンガ等の中では、養子縁組による親子関係は上手く行っていないのが常でした。

 養親は、養子の子供を疎み、子供は養親を信頼できず・・・、意地悪をする親とそれに耐える子供・・・ というのが、小説やマンガにおける養子縁組のスタンダードでした。

 ですから、Mさんもそんなではないかとちょっと心配でした。

 しかし・・・、彼女の場合はそうではなかったようです。通常の親子のようなケンカはあるようでしたが、 とても可愛がられていたようです。

 見ればMさんは、まるまるとしています。もうちょっと痩せた方がもてるかも・・・と思えます。
 Mさんは小柄な女の子でしたから、心配してご両親が一生懸命食べさせた故かもしれません。

 おっとりとして、のんびりしたごく普通の女の子でした。

 そんな彼女も年頃になって、結婚することになりました。彼女は一人っ子であり養子でしたが、 お嫁に行くと言います。

 養親を思って、婿取りをするのかと思っていまいたから、周囲はびっくりです。 ご両親との間でいろいろなやりとりがあったようです。でも、彼女はお嫁に行くことになりました。

 彼女の結婚式に私は参加出来ませんでしたが、友人から聞くところによると、涙、涙、 涙の結婚式だったとのこと。友人は「あれほど泣いた結婚式はない・・・」と言っていました。

 Mさんのご両親は、よくお嫁に行くことを許されたと思いました。しかし、親とはそんなものなのですね。損ばかりなのです。

 「親から受けた恩を、子供は一生かけても返すことが出来ない。だから、 親から受けた恩を親にではなく子供に返すのだ」と聞いたことがあります。そうかもしれないと思います。

  Mさんは、看護婦でわたくしの祖母がとてもお世話になりました。 いつも笑顔を絶やさない明るい看護婦さんだと祖母が、とても褒めていました。
 
今も同じでしょうと思います。養子縁組のことを話すとき、いつも彼女のことを思い出します。

 「生みの親より、育ての親」とは良くいったものです。

  

 本日も、ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございます。
 それでは、おやすみなさい。

 

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2006年03月18日

奉仕の心

 こんばんは。税理士の葵東子と申します。本日は 「奉仕の心」 と題してお話しいたいと思います。 お時間がございましたら付き合い下さい。

 3月は卒業の季節です。みこちゃんも小学校の卒業式を迎えました。

 卒業式当日、祝電が張り出されていました。みこちゃんのいた保育園の園長先生からも祝電がきていました。

 「園長先生からだね」とみこちゃん。

 「その保育園からこの小学校に入ったのは、みこちゃんだけだから、 園長先生はあなたのために祝電をくれたんだね。あなただけのために祝電を下さったんだよ。お礼を言わないとね・・・」 とみこちゃんのお母さんが言いました。

 「そうだね」とみこちゃんも言いました。

 卒業式の後、みこちゃんはお友達と「卒業記念のお食事会」のため外出しました。

 帰宅したのは、夕方遅くでした。

 「随分遅かったね」とお母さんが声を掛けると、
「お食事会の後、保育園によったの。
 園長先生はいなかったけれど、奈々ちゃんに逢ったよ。春休みだから今度奈々ちゃんと一緒に保育園のお手伝いをする約束をしたのね。

 あ・・、はるちゃんの電話番号教えて。はるちゃんにも一緒にお手伝いしないか聞いてみるから・・・」 と言います。

 奈々ちゃんもはるちゃんもみこちゃんの保育園時代のお友達です。

 それぞれ別個の小学校に進学し、卒園以来ほとんど逢っていません。

 「はるちゃんも来るって。奈々ちゃんびっくりすると思うな〜。内緒なんだ。」とみこちゃんは言います。

 はるちゃんも、二つ返事でOKしてくれたそうです。

 保育園に行った時、子供たちはみこちゃんに即座に突進して来たそうです。
 逆立ちをしている子がいたので、みこちゃんは「上手だね〜」と褒めると、「僕も出来る〜」とみんなで逆立ちを始めてしまったそうです。

 相変わらずの保育園の様子に、みこちゃんは嬉しかったようです。

 「ママ、今度保育園にお手伝いに行くから、エプロンとおにぎりね・・・」とみこちゃん。

 「あら、自分で決めて来たんだから、自分で用意して出掛けないといけないでしょう?」とおかあさん。

 「えっ?おにぎりお願いよ〜」と甘えるみこちゃん。

 一通の電報に感謝し、保育園の一日奉仕を決めてきたみこちゃん。
 同時に当時に友人にも声を掛け、 楽しさを2倍3倍にしようとするみこちゃん。
 

 奉仕の心とは、特別な事ではなくて、今自分に出来ることをすることです。
 
 きちんと感謝することが出来、今自分が出来ることを考え、そして迷わず実行した、そういうみこちゃんを、お母さんは愛おしいと思いました。

 

 本日も、ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございます。
 それでは、おやすみなさいませ。

 

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2006年02月04日

起死回生の決断

 こんばんは。 税理士の葵東子と申します。本日は、「起死回生の決断」 と題して大平光代さんについてお話しいたいと思います。 お付き合い頂ければ幸いです。

 人生は良いことばかりではありませんよね。
人生山あり、谷ありとは良く言ったものです。

 他からみると順調に見える人生でも、いつでも全てが順調だった方は少ないはずです。いえ、 そのような人生のかたはいないのかもしれません。

  人生のピンチに陥った時、どうしても現実から逃げたくなってしまうものです。
 失敗した自分を直視できず、その場限りの行動や考えをしてしまいがちです。

  落ち込んで立ち直れない自分に苛立ち、あるいはこれではだめなんだと思いつつも、 行動が出来ない自分に自己嫌悪してしまう、そういうマイナスのスパイラルに巻き込まれてしまうのではないでしょうか。

 ひどい場合には、投げやりになっている自分にさえ気づかずにいるものです。自分を含めて、 人間とは本当に弱いものだと思います。

 

 大平光代さんという方がいらっしゃいます。お写真で拝見しますとあまりお化粧もなさらず清楚な感じです。 とてもお美しい方でしょうと私は思いました。(ここをご覧下さい。 )

 そんな彼女は、中学でひどいいじめに遭い、中2の時に自殺未遂、その後非行に走り、極道の妻に。 しかしその後起死回生の決断をし、 29歳で中卒でありながら、司法試験に一発合格を果たされました。現在は、 弁護士としてご活躍中とのことです。

 司法試験に一発合格しただけでも話題になると思いますが、非行少女(これって死語でしょうか?) →極道の妻→弁護士は経歴としては凄いですよね。

 安部譲二さんがやっぱり麻布中学在学中から非行に走り、16歳で暴力団・組員に。 その後服役中の体験をもとに描いた「塀の中の懲りない面々」で見事に作家へと転身されています。

 大平さんも中卒です。司法試験のレベルの学力に至るまでの努力は並大抵のものではなかったようです。

 ここで、大平さんだからできたことと言えばそれまでですが、別な見方をすれば、勉強とはそんな程度のものとも言えます。

 詳しくは、彼女の本(「だからあなたも生き抜いて」他)を読んで頂ければ解りますが、徹底して彼女は 「合格のための勉強」をするんです。 半年で高校の英語をマスターするためにどうするか、 と彼女は考えながら勉強をしていました。

 何度も書籍の中で書かれていますが、「時間的余裕はない」と、 効率的な学習方法を徹底して模索して行きます。

 そして、そんな頑張る彼女の周囲に、次第に彼女を応援する方々が集まってきます。
 「中卒の元不良少女が司法試験を目指しているらしい」ということで、話題になり、
参考書は何が良いとか、短期で学習したいならこんな学習方法が良いとか、勉強のことなら任せてくれ・・・ といういような方々から勉強を教えて貰ったり、アドバイスを貰うようになります。 

 そして念願の司法試験の合格を果たします。
やがて長年離れていた母とも同居をはじめます。そしてその後は主に
年少事件を扱う弁護士として活動を開始して行きます。 まさに、不死鳥のごときの再生物語です。

 もし、今あなたが何かにつまずき自分自身に自信を失っていたとしたら・・・、気づいて下さい。 自分自身を救えるのは、自分自身だけです。
 また自分を最も慈しんでくれるは、自分だと私は思います。

 自分で自分を蹴落とすようなことをしてはいけません。自分で自分を傷つけなくとも、 十分他人が自分を傷つけてくれます。
 ですから、せめて自分だけは、自分を慈しむべきだと私は思います。

 大平さんは多くの方々の支援を受けて、受験をクリアして行きました。応援する方々がどうして沢山いたのか・ ・、どうして増えて行ったのでしょうね。

 養父大平氏との出会いは、確かに良い出会いであり、それは運命だったのかもしれません。  

 養父大平氏は光代さんを励まし続けましたが、しかし頑張って勉強を続けたのは光代さんなのです。

 自分を救えるのは、自らだけです。私はそう思います。
そのことに気づいたとき、「起死回生の決断」が出来るのではないかと思います。 

 決断をしても、決断した通りに出来ない自分を責めてはいけません。大切なことは、「決断」 したことをやり続けることなのです。 

 本日も、ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございます。
 それでは、おやすみなさいませ。

 

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2006年01月21日

税制改正における情報公開

 こんばんは。 税理士の葵東子と申します。本日は、「税制改正における情報公開」 と題し、情報公開について思うことをお話しいたいと思います。 お付き合い頂ければ幸いです。

 平成18年度税制改正大綱において、
「所得税、相続税、贈与税、法人税の申告書に係る公示制度を廃止する」とされています。 これは平成18年4月1日以降の公示について適用されるようです。

 高額納税者公示制度は政府が高額納税者を公示する制度です。

公示制度の目的は、表彰と密告でした。この制度は昭和25年に創設され、 所得税では税額が1,000万円超の方、相続税では課税価格2億円超・遺産総額5億円超の方、 贈与税では課税価格4,000万円超の方、法人税では所得金額4,000万円超の法人が公示の対象です。

 高額所得者として公表されることをステイタスと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、 ほとんどの方にとっては迷惑千万なことでした。

 高額所得者の名簿に掲載されることになり、様々な会社のDMや営業電話などが沢山来ていたのですから。

 実際、相続税の申告の際も、納税額より公示されるかどうかと心配していた方がいらっしゃいました。
 近年高額所得者を狙った犯罪も多発し、ご主人様を亡くし女性の一人暮らしになると思えば、 公示されて犯罪のターゲットになってしまうかもというご不安は当然のことと思えました。

 また法人においても、利益が出ていると公示される事によって取引先との関係に影響すると言って、修正申告をしている法人もありました。

 ただ単に税金を取られたくないということだけでなく、公表されたくないということで、納税額を抑えたい・・ そういうニーズもあったのは事実でした。

 以前から廃止の意見がありましたが、ようやく実現しました。
この改正を睨んでかどうかわかりませんが、資産家の囲い込みに一生懸命な会社が多いように思えます。

 

 また、認定NPO法人制度の認定要件等について・・・

 閲覧の対象となる書類について、20万円以上の寄附をした者の住所、氏名を公表することとなっていました。

 これを閲覧の対象となる寄附者を役員及び社員並びにこれらの親族等に限定するとともに、 住所又は事務所の所在地を閲覧事項から除外することになりました。

認定NPO法人制度の中に、20万円以上の寄附者は住所・氏名等が公開されるとはじめて知ったとき、 そんな要件がついていては多くの方は寄附をしたいと思わないだろうと思いました。

 それは、公示制度の問題点を思えば明らかなことです。
 本気で認定NPO法人制度を制度を創ったのでしょうかと・・・甚だ疑問に思って居りました。
 本気で普及させようと思うならば、寄附者を管轄部署に報告させるだけで良いのであり、公表する必要はなかったと思います。

 情報公開は良いことと思っている方が多いと思います。
 しかし、名前や住所などが発表される故に寄附をしたくないと思う方も多いのです。
なんでもかんでも情報公開をすれば良いとものではありません。
また情報公開することによって、制度が発展する或いは浄化するであろうという考えも、誤りであると私は思います。

 個人情報保護法のおかげで、いろいろな場面で不便な思いをし、不愉快な思いをしています。 私はそんな場面の方が多いです。
 皆様は如何でしょうか?

 しかし他方情報公開によって、何か良い思いをしたということもなくて・・・ 、 何か何処か違うのではないかと思う今日この頃です。

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2005年10月15日

バブル崩壊のその後・・・

 こんばんは。税理士の葵東子です。 本日は 「バブル崩壊のその後・・・」と題して、 バブル崩壊後について思うことをお話ししたいと思います。暗いお話しですので、それでも良い方のみお付き合い下さいませ。  

 先日、1人の知り合いのS氏が亡くなりました。あまりに唐突な出来事で、 信じられず私は暫く呆然としてしまいました。
 彼の死から、バブル崩壊は終わってはいない、今も崩壊は続いている・・と思いました。崩壊は、今も生々しいものなのだと。

 バブルは、その崩壊は、 一体何だったのでしょうね。そう思うことがあります。
 バブルの波に乗った方もいらっしゃると思いますが、資産を亡くした方も多いです。何人かの知人は、バブルの崩壊後、 私の前からいなくなりました。
 先日亡くなったS氏と、あともう1人Y氏は、本当にこの世からいなくなってしまいました。

 「バブルの波に呑み込まれたんだね・・」と、友人は言いました。その表現がとても適切過ぎて、 私は返す言葉がありませんでした。
 大きな波に呑まれて、驚きあえぐ彼らの姿が目に浮かんできました。この世からいなくなってしまうほど、悪いことをしたのでしょうか・・・ と私は思います。極悪非道な人たちではありませんでした。

 もちろん、バブルの波にのって有頂天になっていた彼らが良くなかったのです。調子に乗りすぎました。
 7%以上の金利で借入をすることが、どういうことかを彼らは知りませんでした。 そんなことを考えもしなかったと思います。当時、そんなことを考える人は、ほとんどいませんでした。貸す側とて、 簡単に貸してくれました。貸付が焦げ付くとは思いもしなかったのでしょう。

 もしバブルがなかったなら・・・。私はそう思わずにはいられません。もしバブルがなかったなら、 彼らはまだこの世にいたのでしょう。

 
 
彼ら二人とも自己破産をしました。既に数年前に、バブルの崩壊の精算は終了しています。
 しかしS氏とY氏の心は、とても傷つき・・・それはそれは傷ついて、ついに元には戻れなかったようです。

 お金は大切なものです。それはそう思います。しかし、心や命を代償にするほど大切なものでしょうか。

 彼らとて、お金に躍らされることになるとは思っていなかったと思います。しかし、 一旦お金のトラブルに巻き込まれたならば、それはものすごいストレスが当事者に襲いかかるのですね。それは、 想像を絶するものなのでしょう。

 何故、彼らはバブルの波に乗り、その崩壊に遭い、そして居なくなってしまったのでしょう。 彼らだけが悪かったと、どうしても私は思えません。プラザ合意をした時の首相や官僚が悪かったのでしょうか。 オーバーローンで安易に貸してくれたノンバンクが、悪かったのでしょうか。
 何が悪かったかと言えば、彼らの要領が良くなかっただけかも知れません。

 

 私は、たぶん彼らを忘れられないと思います。何となく、忘れてはいけないような気が致します。

 この世から去って、S氏もY氏もようやく安堵できたでしょうか。傷つき悲鳴を上げていた心は、 安らいでいるのでしょうか。そうであって欲しいと願うばかりです。

 いつかまた、時代を超えてお逢いすることがあるでしょうか。もしお逢いするなら、 今度はバブルのない時代が良いですね。
 S氏もY氏も・・どうぞ、せめてこれからは安らかにおやすみください。

 

 本日も、ここまでお付き合い下さいまして、有り難うございます。
それでは、これにて・・・おやすみなさいませ。

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2005年08月03日

モノの価値

こんばんは。 税理士の葵東子です。
本日は、「モノの価値」と題して、お金の使い方についてお話したいと思います。お付き合い頂ければ幸いです。

ある奥様のお話しです。

車が欲しいと思って、主人に「ベンツが欲しい」とお願いしてみたそうです。
ご主人さまは、会社役員をなさっており、奥様が自家用車としてベンツを所有することは、決して不自然ではないご様子でした。

ベンツは、性能も良いし、街を走っていても周囲の車が距離を置いてくれるし、 国産の車に乗るよりも安全であると聞いたので、ベンツにしたいとご主人様にお話ししたと言います。

しかし、ご主人様は何故かOKと言わなかったのです。

奥様は、むっとして車は諦めました。しかし、むっとした気持ちが収まらなくて、 「この床にある絨毯を買ってしまったのよね〜」と言います。
そして、「この絨毯いくらだと思う?」と言います。

「500万円です。買いたかったベンツが500万円ほどだったのよ。 ベンツを買って貰えなかった腹いせに買ったのよね・・」と。
そしてこういいます。
「あのときは腹いせだったけれど、今はベンツでなくて絨毯を買って良かったと思っているわ。」

 

皆さんは、この奥様のお言葉をどのように思われますでしょうか?
そして、奥様がなぜ絨毯を買って良かったと思っていらっしゃるのかお分かりになるでしょうか?

奥様は正しかったと思われますでしょうか。

腹いせに絨毯など買わず、もう少し後でもう一度ベンツを買って貰うようお願いすれば良かったのに・・・ と思いますか。

絨毯など絨毯でしかないのだから、ベンツを買うべきではなかったのかと思われますか。

また、絨毯もベンツも買うべきではなかったと思うでしょうか。

 

奥様が、ベンツでなくて絨毯を買って良かったという理由は、「今絨毯が、ここにあるから」でした。

つまりベンツを買っていたとしたら、多分今はそのベンツはなくて、新しいベンツを買っていたと思うとのこと。 つまり、500万円を使って、ベンツを購入していれば、現在はその500万円相当のベンツは存在していない。 しかし、絨毯は今もこのように存在している、という意味です。

絨毯は現在は500万円の価値はないかも知れないが、多少の価値はあるはずです。 しかしベンツを購入していたならば、その500万円の全てを失ったことになるのです。

奥様は、そういう意味でベンツでなく、絨毯を購入して良かったとおっしゃっていました。

500万円の価値をそのままキープすべきであったと考えれば、何も買うべきではなかったでしょうと思います。
腹いせに買い物をすることも良くないことだったとは思います。

しかし、価値の残るモノを購入したことは良い判断だったのではないかと思います。

そうしますと、骨董品や宝石を買うことも、それほど悪いことではないことに気づかれると思います。
価値のあるモノを買っていくことは、価値の目減りが少なく資産形成の手段として有効なのです。

皆様は、どのようにお買い物をなさっていらっしゃいますか。
買い物をするならば、ブランド物を・・・という訳ではありません。
価値のある物を大切に使用することは、結果最も効率的なことであることもあるのです。一時的な金額の過多ではなく、 長期的な利用をも考えてモノを購入すべきなのです。

なかなか出来そうで出来ないことだと、私も思っております。

本日も、ここまでお付き合い下さいまして、有り難うございます。
それでは、これにて・・・おやすみさない。

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2005年05月11日

家栽の人

こんばんは。
税理士の葵東子です。
本日は、私が学生時代に知り合いになった先輩について、「家栽の人
」と題してお話したいと思います。お付き合い頂ければ幸いです。


「家栽の人」(毛利甚八/原作 魚戸おさむ/作画)をご存じでしょうか?裁判官が主人公のマンガです。本当は「家裁」 と書きますが、「家栽」という当て字を使っています。
それは、家庭とは育て、培うものであるとする作者の家庭観の現れですね。マンガ本の中でも、桑田裁判官は植物好きの方ですし、 また植物の育て方などを丁寧に解説していたりします。
植物の育て方を学ぶこともできますし、家裁の仕組みについても知ることが出来ますし、また少年事件を通じて、家族について考えさせられます。 恥ずかしながら・・・何度かさめざめと泣いてしまいました。。。(;^^)ヘ..

以前、片岡鶴太郎さんが主演でドラマ化されたようです。私は見ていないのですが。 どうも桑田さんと片岡さんのイメージが合わないですよね。私はそう思って居りました。

根強いファンが居るようで(私もその1人ですが・・)、中古のマンガでも結構の値段がするようです。 ぼーっとして居りましたら、絶版になっていましたので、かなり探して全巻を揃えました。復刻版が出るのではないか、 との予想もあるようですが、現在は予定はないようです。

私は学生時代に、当時でも珍しかった下宿に住んで居りました。 その同じ下宿に大学院生の方がいらっしゃいました。

大学院生→勉強が好き→思考が高次元→そして、 思考の回転が速い→私にはついていけない→∴私には理解できない
大学院生というものは、たぶんそんな感じではないかと、勝手に思っていたのですが、彼女はそういうイメージとかけ離れた方でした。 小柄で目がくりくりした、本当にキュートなかわいい女性でした。

下宿は、キッチンとお手洗いとお風呂が共同でしたので、同じ下宿に住んでいる方とお話しする機会は多く、自然と仲良くなりました。

その大学院生の方の専攻は、なんと哲学でした。「哲学科は、就職するのが難しいのよ〜」と言って居られました。また、 学長選のこともなども教えて頂いたりして、さながら「白い巨塔・文学部版」でした。
気さくな彼女は、彼氏の事も話して下さいましたし、高校時代についてもお話しくて下さいました。

大学4年の時、教職課程を選択し、教育実習に行ったそうです。その学校が荒れていたらしく、 「なつかし〜いわ〜。中学が荒れていたのよね〜。あの雰囲気そのままなのよ・・・」とにこにこしながらお話しして下さって・・・ 。彼女は、やっぱり普通ではないような感じはありました。ですが、 彼女のお話の仕方があまりにあっけらかんとした感じでしたから、嫌な感じはませんでしたね。  

その彼女がある日、「私ね、大学院を辞めることにしたの」と言います。まさに寝耳に水という感じでした。 何でも、家裁の調査官の試験に合格したとのこと。「今年は試し受験だったんだけれど、合格してしまったのよね〜」 と宣うではありませんか。
やっぱり普通の人ではなかったんだ〜と思いましたね。

教授に、「分厚いラテン語の辞書どうする?」と聞かれ、「枕にします」・・とお答えしたそうです。 そして彼女は大学院生から、調査官に華麗な転身をなさいました。お見事・・・でしたね。

「家栽の人」の中では、当然調査官が登場します。「家栽の人」は、裁判官桑田さんが主人公ですから、 調査官は脇役なのですが、その仕事内容を垣間見ることが出来ます。裁判官という仕事も責任が重い仕事と思いますが、 調査官もしかりであり、そして更に子供への愛情がないと務まらないのでしょう・・と思いました。

「荒れた学校が懐かしい」と話していた彼女は、荒れた学校の中でいろいろな事を考え、 いろいろな事を見てきたのでしょうと思います。
「少年事件をやりたいと思ったのよ」と話して居りましたが、彼女なら・・・あの「家栽の人」 の中の調査官さながらの仕事をしていることでしょうと思います。そして彼女なら、そう出来るとも思いました。

自分の道を見つけて、まっしぐらに進んでいった、その彼女がとても羨ましかったです。
何故仕事をするのか、、、何故生きていくのか、、、そんなことを良く考えていたのでしょう。そして、 ついに自分の道を見つけられたのではないかと思います。

そう言えば・・・彼女は「風景を見ているとピカソ的に見える」と言っていました。 私はいくら風景を見てもそんな風に見えないのですが・・・「ずっと抽象画ばかり見ていると、そう見えてくるのよ・・」 と教えて下さったのですが・・・、やっぱり彼女はどこか違っていたお方だったのかもしれませんね。

 

本日も、ここまでお付き合い下さいまして、有り難うございます。
それでは、これにて・・・おやすみさない。

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2005年05月08日

妻のために老人ホームを建てた医師 NO3

こんばんは。
税理士の葵東子です。またが夜来ましたね〜。
本日は、あのM医師のお話の続きを致しましょう。お付き合い下さいませね。

 

奥様の腕の包帯はきれいに巻かれていました。きっとM医師が巻いてあげたのだろうと思います。
今は平静な奥様ですが、何かのきっかけで怪我をするほど暴れたりすることがあるのかもしれないと思いました。 そう言えばM医師も最近転んだと言っていました。
本当は奥様が暴れた時に、M医師もいっしょに転んだのかもしれません。
痴呆の人の力は強くて、なかなか留められるものではないと聞いたことがあります。やはり痴呆の看護をするのは大変なのでしょう。

暫くして、M医師は部屋に戻ってきて、「や〜ぁ、申し訳ございませんでした。もう終わりましたので、 こちらにお越し下さい」と、いつもM医師と話をしていた診療室へ戻りました。
先日売却した土地の資料を頂きながら、何気なく「この土地は、買われてからずーっと空地のままで所有されていたのですね?」 とお伺いしてみました。大きめの道路に接した土地であり、M医師の所有していた土地の隣では、バイク屋さんが営まれていました。 空地のまま所有していたというのも、何となく不自然に思えたのです。

「あの土地はですね・・・。昔私たちは、○町で開業していたんですが、兄が事業で失敗してしまいましてね。 その後始末に○町の建物と敷地を売却したんです。それで余った資金で、ここと、先日売却した土地を買ったのです。 アパートを建てないかという話は、有ったことはあったんですが、あまり気が進まなくてね。」
M医師の人生も平坦ではなかったようです。

更地のまま土地を所有するのは、賢くないと思われがちですが、アパートを建てていたとしたら、 借入があれば借入利子を払い、修繕費や管理費などの維持費を払い、尚かつ空室であったかもしれない訳です。 アパートを立てていた場合には、もしかしたら売買でも不利であったかもしれません。
土地を売却する場合は、更地が断然有利なのです。20年以上前に買われていますので、今回は十分なキャピタルゲインとなっています。 資産運用としては、大成功です。

投資で成功している方というのは、以外とシンプルな投資をしていますと思います。また何もせず、 ただこつこつと貯められたという方も以外と多いですね。高度成長の波に乗っただけといえば、そうなのかもしれません。
ですが、同じ高度成長の時代を生きながら、財産を失った方も多いのです。M医師の判断は良かったのだと私は思います。


(このお話はフィクションです。ご了承下さい。)

本日も夜遅くなってしまいました。それでは、おやすみなさいませ。

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posted by 葵東子 at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生模様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月18日

会社の精算

こんばんは。税理士の葵東子です。
本日は、会社を精算した社長のお話です。偽税理士とお付き合いしていた、とお伺いして居りましたので、さぞや個性の強い、 そして強欲な社長さんではないかと予想していたのですが、お逢いして見るとそれは純真な社長さまでした。ちょっと予想外です。

お話を頂いたとき、今までは偽税理士(この表現は適切ではないかもしれません。社長さんは、 税理士ではないことを知っていましたから・・・)に頼んでいたとお伺いしましたので、 ものすごく個性の強い社長で、 税金なんか死んでも払わないぞ〜と豪語するような、そんな社長さんではないかと予想していたのですが、 そうではありませんでした。

とても気のいい、おじいさま・・・・という感じの方で、頼まれたら断れない・・・ そんな人の良さそうな社長さんでした。

そして今までの申告書を見せて頂きましたが、それを拝見し、私はとってもびっくり致しました。先輩税理士が、 「偽税理士の作成した申告書には、 びっくりするわよ〜」と聞いていましたが、 ほっ本当でしたわ


まず、数字が一切読めません。脳梗塞か何かになったのでしょう、手が震えて止まらないらしく、全ての字がなみだっています。そのせいで、 全く・・・・全くです、字が読めません。
「見事な申告書だ〜、見事すぎる〜!」と思いました。

更に、添付されている決算書はなんと別の会社の名前が記載されています。
ですから、決算書と申告書の数字は、まったく繋がっていません・・・(^^;)

更に更にです。消費税の申告書を拝見して、これまたびっくりです!!
原則課税なのですが、控除対象仕入税額として、仕入れ分にかかる消費税しか控除していません。(^^;)
経費の分は、控除しないんですか〜?!驚愕です。ですから、赤字であるにもかかわらず、消費税の納税額はとんでもなく多額になっていました。

めちゃくちゃというしかない内容です。社長にお伺いしたところ報酬は、月々1万円、申告時5万円だったそうです。 確かに安い報酬とは思いましたが、逆にこのような内容でも、報酬を貰えるんですね〜とも思いました。署名押印もしていませんから、 申告書に責任も負っていません。税理士でもありませんから、責任の追いようもないといえば、そうなのでしょうか。もしかして、これは、 ものすごくぼろいお仕事だったのかも・・・しれませんね〜。

消費税の納税額が多額だったことを思えば、安い報酬とは言えません。いえ、むしろ高い授業料だったのではないでしょうか。
しかし、会社を精算しようとする時でしたから、私はこのことは黙っていました。今更言っても、何も出来ないからです。

「字が読めませんね」と言うと、「あぁ・・、計理士さん あたったんだよ」と社長さんが言います。 税理士ではなく、計理士と呼んでいたようです。
「計理士を変えようと思ったんだけどね、なんだかいい人も見つからなくて・・・」と言います。計理士さんと呼ばれた方が亡くなったあと、 いろいろな事情が重なって、無申告のまま5年が経過してしまったとのことでした。

あまりにいろいろな事があって、「あのとき、私は頭がおかしくなったんだ・・・」と社長さんはいいます。 「本当なんだ、おかしくなったんだよ・・・」と。今にこにこ笑っている社長さんからは、想像できないのですが、 でも事情をお伺いしていくに従い、頭がおかしくなった・・というのは、本当だったかもしれないと思えました。

会社を精算するとそれなりに費用がかかりますが、宜しいですか? このままにしておいても良いのではありませんか?とお伺いしましたが、精算したいというご意向でした。
今までのことを、本当に全てきれいに精算したい風でした。

つまり、社長さんは、社長をすっかりやめる決心がついているのです。その心境に至るまで、 様々な思いがあったことと思います。ですが今の社長さんの笑顔は、とても明るいと思えました。


ご高齢の社長さんのお母様がいらっしゃっるので、お母様の介護をされるようです。
それなりに大変なことだと思いますが、もう資金繰りに追われることはないのです。
社長さんからは、そんな開放感が感じられました。

そして会社精算の全てが終了したとき、社長さんは深々と私に頭をさげて下さいました。そして 「ありがとうございます」と言って下さいました。

その笑顔が本当に明るくて、これはこれで良いお仕事だったのだと思いました。
今ごろ社長さんは・・・、もう社長さんではありませんね。ご主人様は、お母様の介護の日々でしょうか。お元気でしょうかね。 今度お尋ねしてみようかしら・・ね、と思うのです。

長くなりました。ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございます。
本日は、これにて・・・、おやすみなさいませ。

ご意見。ご感想。ご質問は・・・
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(*は@に置き換え下さいませ)


 

 

 

 

posted by 葵東子 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生模様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月19日

妻のために老人ホームを建てた医師 NO2

こんばんは。
税理士の葵東子です。またが夜来ましたね〜。
本日は、あのM医師のお話の続きを致しましょう。
本日の飲み物は、白ワインなどで如何でしょうか?お付き合い下さいませね。

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今日はM医師が先日売却した土地の資料を頂くため、M医院に行くことになりました。
今日もM医院に患者さんはなく、やはり今日もシーンとしています。そしてやっぱり今日もM医師の気配は感じられません。 (ただの鈍感と言われれば、それまでですが。)
私には、なんとなく横溝正史の世界と思われてなりません。

 

「こんにちは」と恐る恐る声を掛けると、「どうぞ、中に入って来て下さい」 とやっぱりM医師の声が聞こえてきました。(今日こそM医師はいないと思ったんだけど、やっぱりいたんだ〜(^^;))

 

「今日はね、申し訳ないけれどちょっとお客様が来るんですよ。15〜20分ほどで終わりますから、 奥の部屋で待っていて下さい」

 

通された部屋には、M医師の奥様が座っていらっしゃいました。
奥様が部屋にいることは、M医師から聞いていませんでしたから、私は人影をみてびっくりしました。初めて奥様にお会いした瞬間でしたが、 年の頃からすぐにM医師の奥様であると察せられました。痴呆の症状が出てきているとのことでしたが、 初対面の私と二人きりでいて奥様は大丈夫なのでしょうか?しかし、別の部屋に勝手に行くこともできませんし、この部屋にいるしかありません。

 

座っていた奥様は、爽やかなスカイブルーのワンピースを着ており、それが銀髪に良く似合って、 まさに品の良い奥様でした。黙ったまま、私をみることもなく座って居り、まるで私の事など眼中にない風でした。 やはり痴呆なのだと思いました。
それでも私が「こんにちは、税理士の葵と申します。」と言うと、「こんにちは、いらっしゃいませ。」と私をみることもなく、 丁寧にお辞儀して挨拶してきたのにはびっくりしました。きちんと受け答えが出来る?の?
しかしそれ以上何を話して良いのかわかりませんでしたので、また沈黙です。と突然、そばにいた九官鳥が「こんにちは、こんにちは」 と大きな声でおしゃべりをはじめました。私はびっくりの連続で、やっぱりこの医院はどこか横溝正史的と思います。心臓によくありません。 (^^;)

 

すると奥様は、急に「九ちゃん、こんにちは。お上手ね。おはよう、は?おはよう。おはよう。」 と九官鳥に話しかけはじめました。それはそれは無邪気な表情で、その姿は年は取りましたがお嬢様そのものです。 そう言いながら奥様が手を挙げると、その奥様の手には包帯が巻かれていました。両手にです。長袖ですから良くわかりませんでしたが、 どうやら二の腕あたりから手首まで包帯が巻かれているようです。かなりの怪我ではないでしょうか。 どうして奥様はこのように包帯をしているのでしょうか。

(続く)
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このお話はフィクションです。
税理士には、業務上知り得た事項について秘密を守るという秘守義務があります。
ご了承下さいませね。

本日も夜遅くなってしまいました。ワインの深酒は明日に響きますよね。
適当になさって、おやすみなさいませ。

ご意見・ご感想は・・・aoitouko@mail.goo.ne.jp まで。

posted by 葵東子 at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生模様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月17日

妻のために老人ホームを建てた医師

こんばんは。
税理士の葵東子です。夜も更けて来ましたね〜。
本日は、今でも忘れられない老医師のお話を致します。
宜しければビールなど飲みながら、お付き合い下さいませ。

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初めて、M医院に行ったとき、「ここは時間が止まった場所のようだ」と感じました。
それは昔懐かしい病院の風景だったからです。
今はきれいにフローリングされて、壁も白くて、気の利いた絵画や花が飾られている病院が多いのですが、 このM医院はそういうおしゃれな病院ではありませんでした。そう消毒の臭いもぷんぷんなのですが、 そういう処も昔懐かしい医院を思い出させてくれます。
M医院に行くと、患者さんはいなくてシーンとしており、誰もいないのではないかと思われました。
恐る恐る「こんにちは」と声を掛けると、奥から「どうぞ、中に入って来て下さい」とM医師の声が聞こえて、 私はびっくりすると供に何故かほっとしていました。
患者さんはいませんし、M医師が中にいたのですが気配が感じされませんでした。とても不思議な雰囲気がありました。

 

M医師は自分の全財産を処分する予定だと話していました。この医院の土地もやがて売却するつもりだと。 その資金で隣の市の郊外に老人ホームを建設中なのだそうです。
「今日はホームで使う箸とか食器とかを決めたんですよ。老人ホームも結構面倒くさいものですね。」と穏やかにM医師は話して下さいます。
私は、M医師の資産の売却の相談を受けると供にその申告業務を担当していました。

 

「息子はね、○△町で歯科医を開業しているんですよ。次男坊はね、 隣のN市でやはり歯科医をやっているんです」とM医師は言います。
○△町と言えば、ここに来る途中にある町です。近くに住んでいるのに、別居なんだと思いました。それだけでなくて、 老人ホームが完成したらM医師と奥様は、そこに入所するのだと言うのです。
「妻がね、ちょっと痴呆の症状が出てきていましてね。私も最近は足腰が弱くなって、先日は思わず転んでしまったんです。 二人きりで生活するのももう不安でしてね。」
「そうですか」としか言えませんでした。慎ましくいたわり合いながら暮らしている二人の、ちょっと寂しい風景が想像されました。

 

M医師は、長男とも次男とも同居せず、二人で老人ホームに行くことにしたと話して下さいましたが、 しかしその決断をした経緯についてはお話になりませんでした。ですが、M医師の奥様が痴呆になられたことと無縁ではないようです。 それは容易に想像出来ました。

(続く)
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ところで、このお話はフィクションです。
元ネタがあることは事実なのですが。
税理士には、業務上知り得た事項について秘密を守るという「秘守義務」があるんです。
私も税理士になるまで知りませんでした〜!!
そういう訳で、リアルなお話は出来ないことになって居ります。ご了承下さいませね。

本日も夜遅くなってしまいました。それでは、おやすみなさい。

ご意見・ご感想は・・・aoitouko@mail.goo.ne.jp まで。

続き・・・
posted by 葵東子 at 21:17| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生模様 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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